こんにちは、名古屋市瑞穂区の桜山駅から徒歩6分にあります、いわむら歯科院長の岩村です。
前回、前々回はホワイトニングについて記載しました。今回は「お歯黒」について記載していこうかと思います。
お歯黒(おはぐろ)は、日本独自の伝統的な歯の染色文化で、単なる装飾ではなく、美意識・身分制度・婚姻・呪術・衛生まで関わる、とても奥深い風習です。
① お歯黒とは?
歯を黒く染める風習のこと。
主に平安時代〜明治初期まで日本で広く行われました。
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対象:主に既婚女性、後には一部の男性(武士・公家)
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方法:鉄と酢などを使った染料を歯に塗る
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見た目:漆黒で光沢のある歯
② いつ・誰がしていた?
Ⅰ 起源:古代〜奈良時代(6〜8世紀)
■ 起源ははっきりしない
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正確な開始時期は不明
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東南アジア・中国南部にも歯を黒くする文化が存在
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日本独自に発展した可能性が高い
■ 奈良時代の記録
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貴族社会で装飾・呪術的意味を持っていた可能性
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仏教の影響で「黒=煩悩を抑える色」と解釈された説もある
📌 この時点では
既婚・未婚の区別はまだ明確ではない
Ⅱ 平安時代(794–1185)|美意識として完成
■ 貴族文化の中核へ
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主に貴族女性
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成人・婚姻の通過儀礼
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「お歯黒=美の完成形」
■ 当時の美の価値観
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白粉で真っ白な顔
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引眉(眉を剃って描く)
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黒く光る歯
👉 **白い歯は「子ども・未熟」**とされた
■ 文学資料
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『源氏物語』に明確な描写あり
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既婚女性・成人女性の象徴として描かれる
Ⅲ 鎌倉時代(1185–1333)|武家社会へ
■ 武士階級に拡大
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武家の女性が実施
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家の格式・忠誠・覚悟の象徴
■ 男性のお歯黒
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主君に仕える武士
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元服・忠誠の誓いとして
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「一生この主に仕える」という意味
📌 女性限定ではなくなる
Ⅳ 室町〜戦国時代(14–16世紀)|実用性が強調
■ 戦乱の時代
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美よりも実用・象徴性
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既婚女性=家を守る存在
■ 虫歯予防効果が重視され始める
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医学的理解はないが「歯が丈夫になる」と経験的に認識
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長期戦・食糧難に備える意味も
■ 男性のお歯黒が比較的多い時代
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武将・家臣
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自己規律・忠義の表現
Ⅴ 江戸時代(1603–1868)|制度化と大衆化
■ 身分制度と結びつく
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既婚女性は原則お歯黒
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武家・町人・農民まで普及
■ 明確なルール
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未婚女性:白い歯
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既婚女性:黒い歯
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芸者・遊女:原則しない(若さの商品価値)
👉 歯を見るだけで婚姻状態が分かる社会
■ 医療的評価
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歯を失わない女性が多い
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出産回数が多くても歯が残る
Ⅵ 明治時代(1868–1912)|急速な衰退
■ 西洋化の衝撃
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外国人から「奇妙」「不潔」と見られる
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写真・鏡文化の普及
■ 政府による事実上の禁止
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1870年(明治3年)頃
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官僚・皇族・軍人の妻は禁止
■ 価値観の大転換
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黒い歯=野蛮
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白い歯=文明・近代
📌 わずか数十年でほぼ消滅
Ⅶ 近代以降〜現代|再評価
■ 長らく否定的評価
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明治〜昭和初期:「遅れた風習」
■ 現代の再評価
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民俗学・歯学・文化史で研究対象
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合理的な虫歯予防法
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女性抑圧ではなく社会制度の一部
■ 現在
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歌舞伎・時代劇・儀式で再現
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文化財的価値
③ なぜ黒い歯が美しかったの?
当時の美意識では:
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白粉(おしろい)で白くした顔に黒い歯のコントラスト
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黒は「高貴・貞節・成熟」の色
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白い歯=幼い・性的に未熟
👉 今とは真逆の価値観です。
④ 実はとても合理的だった(歯科的側面)
お歯黒は虫歯予防効果がありました。
成分
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鉄(鉄くず・釘)
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酢・茶・酒 など
これにより
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タンニン+鉄 → 被膜形成
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歯の表面をコーティング
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虫歯菌の活動を抑制
📌 現代の知見でも「ある程度の予防効果があった」と評価されています。
⑤ お歯黒の作り方
全体像
お歯黒は2種類の液体を歯の上で反応させることで黒色被膜を作ります。
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鉄酢(かねみず)
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五倍子液(ふしのえき)
→ 歯の表面で鉄タンニン反応を起こし、黒く定着
❶鉄酢(かねみず)の作り方
材料
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鉄(釘・鉄くず・刀の削り屑など)
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酢(米酢が一般的)
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水
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陶器または漆器の容器(金属不可)
作り方
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鉄を洗う
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油・汚れ・錆を落とす
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軽く炙ることもあった(不純物除去)
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酢に浸す
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鉄:酢:水 ≒ 1:2:3(厳密ではない)
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常温で放置
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発酵・熟成
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数日〜数週間
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液体は赤褐色〜黒褐色に変化
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酢酸鉄(鉄イオン)が溶出
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📌 強烈な金属臭+酸臭が発生
📌 家ごとに「秘伝の配合」があった
❷ 五倍子液(ふしのえき)の作り方
五倍子とは?
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ヌルデの木にできる虫こぶ
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非常にタンニンが多い
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染料・薬として重宝
材料
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五倍子
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水
作り方
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五倍子を細かく砕く
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水で煮出す(20〜30分)
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濃い茶褐色の液体を得る
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冷まして濾す
📌 非常に渋く、口にすると強烈な収斂味
❸ 歯に塗る手順(実際の工程)
使用道具
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小筆(獣毛)
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布または紙
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口すすぎ用の水
手順
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歯を清掃
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食べかすを落とす
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鉄酢を歯に塗る
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上下の歯すべて
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強い酸味・臭い
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すぐに五倍子液を重ね塗り
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歯の上で反応開始
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黒色化を確認
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数分で黒く変化
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光沢が出る
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軽く口をすすぐ
⏱ 所要時間:10〜15分
📆 頻度:2〜3日に1回(色落ち防止)
⑥ お歯黒=女性差別?
現代では誤解されがちですが、
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当時は「既婚女性の誇り」
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貞操・成熟・社会的地位の象徴
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男性側にも行われた例がある
単純な抑圧ではなく、当時の価値観の中での“美と役割”でした。
⑦ なぜ西洋にお歯黒がなかったのか?
⑴ 美意識が真逆だった
■ 西洋:白い歯=善・健康・神
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古代ギリシャ・ローマ以来
白=純潔・理性・神聖 -
歯は「身体の白さ」の一部
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黒い歯は
👉 腐敗・病・死を連想させた
■ 日本:黒=高貴・成熟
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黒髪・漆・墨
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既婚・大人・格式の象徴
👉 価値観の出発点が正反対
⑵ キリスト教の身体観と相性が悪い
■ 身体は「神から与えられたもの」
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意図的な変形・染色は否定的
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傷跡や病変は「罪や堕落」の象徴
■ 歯を黒くする行為は
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自然な姿を「汚す」
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身体を人工的に変える
👉 宗教的に受け入れられにくい
※ タトゥーや身体改変も長く忌避された
⑶ 医学史の違い(腐敗理論)
■ 西洋医学:体液病理説
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病気=体液の腐敗
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黒変=腐敗の結果
👉 黒い歯=病気の証拠
👉 予防の発想に転びにくい
■ 日本:経験医学
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「やってみて丈夫になる」
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効果があれば正解
⑷ 材料と技術の問題
■ 日本にあったもの
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五倍子(高タンニン)
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漆・墨文化
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鉄酢の発酵技術
■ 西洋に不足していた点
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歯に使う発想でのタンニン素材
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「歯をコーティングする」概念
📌 革のなめし(鉄タンニン)はあったが
口腔に使う発想がなかった
⑸ 社会制度との不一致
■ 日本
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歯で
👉 既婚/未婚
👉 身分
👉 忠誠
を即座に識別できる
■ 西洋
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婚姻・身分は
👉 指輪
👉 服装
👉 姓
で示す
👉 歯に役割を持たせる必要がなかった
⑹ 西洋には別の「歯の文化」があった
■ 実は西洋も歯をいじっていた
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古代ローマ:尿(アンモニア)で歯を白くする
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中世:布でこすって清掃
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18世紀:歯粉・研磨剤
👉 方向性は一貫して「白くする」
⑺ 気候・食文化の違い
■ 日本
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湿潤
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米中心
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繊維が歯に残りやすい
→ コーティングが有効
■ 西洋
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乾燥
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肉・乳製品
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咀嚼で歯垢が落ちやすい
→ 効果が相対的に低い
⑧ 現代との比較
| 項目 | お歯黒 | 現代 |
|---|---|---|
| 美の基準 | 黒い歯 | 白い歯 |
| 歯の機能 | 保護・象徴 | 健康・審美 |
| ケア方法 | 染色 | ホワイトニング |
👉 美の基準は時代で逆転する好例です。